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東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2366号 決定

申請人

田中修吾

右代理人弁護士

長谷川幸雄

有賀信勇

被申請人

秋月わぐり

被申請人

秋月昭麿

被申請人ら代理人弁護士

井上庸一

冨永敏文

主文

一  被申請人らは、自ら又は第三者をして、申請人の肩書住所に存する居宅に、「解雇を撤回しろ。」、「団体交渉に応じろ。」等の自己の要求を押しつけたり、面会を強要したりする趣旨の内容の電話をかけ、又はかけさせてはならない。

二  その余の申請をいずれも却下する。

三  申請費用は被申請人らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  被申請人らは、自ら又は第三者をして、申請人の肩書住所に存する居宅に、自己の要求主張を押しつけ、面会を強要し、又は申請人を非難攻撃する内容の電話をかけ、又はかけさせてはならない。

2  被申請人らは、自ら又は第三者をして、申請人の肩書住所に存する居宅に押しかけて、次に掲げる行為をし、又はさせてはならない。

(一) 申請人に対して面会を強要すること

(二) 申請人の右住所の周囲及び近接した場所において拡声装置を用いて演説・宣伝し、又はシュプレヒコールを繰り返すこと

二  申請の趣旨に対する答弁

本件申請をいずれも却下する。

第二当裁判所の判断

一  本件疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実を一応認めることができ、これを左右するに足りる疎明資料はない。

1  当事者

(一) 申請人(明治三六年八月一日生まれ、八三歳)は、昭和五七年七月以降、東京医療生活協同組合(以下「生協」という。)の組合長理事である。申請人は、肩書住所に居宅を有し、妻(明治三九年四月一五日生まれ、八〇歳)、長男夫妻及び孫二名の家族とともに生活している。

(二) 被申請人秋月わぐり(以下「わぐり」という。)は、もと東京医療生活協同組合中野総合病院(以下「中野総合病院」という。)の職員(衛生検査技師)であったが、昭和五六年四月一五日、懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)された。被申請人秋月昭麿は、わぐりの夫である。

2  本件懲戒解雇後の被申請人らの活動

(一) 被申請人らは、昭和五六年五月一四日、「中野総合病院の職業病闘争を闘う会」という名称の会(以下「闘う会」という。)を結成し、本件懲戒解雇が違法であると主張して、本件懲戒解雇の撤回を要求する活動を開始した。

(二) 被申請人らの活動の方法は、法的な手続にのっとって救済を求めるというものではなく、闘う会の会員又は既に結成されていた「中野総合病院患者会」という名称の会(以下「患者会」という。)の会員とともに、「患者会ニュース」という表題のビラ(中野総合病院の経営方法を批判し、本件懲戒解雇の撤回を要求すること等を内容とするもの)を作成配付し、また中野総合病院に押しかけ、その付近において罵声を発し、ハンドスピーカーを使用して喧噪状態を作り出して同病院の医療業務等を妨害するというものであった。これに対し、生協は、被申請人ら外一名を相手方として、当庁に対し、立入禁止等を求める仮処分を申請(昭和五六年(ヨ)第二二六二号)し、昭和五六年五月二八日、被申請人らが同病院の敷地・建物付近において罵声を発し、ハンドスピーカーを使用するなどして喧噪にわたる状態を作出し、又は第三者をしてかような状態を作出させ、同病院の医療業務等を妨害することを禁ずる旨の仮処分決定を得た。

(三) わぐりは、本件懲戒解雇当時から現在に至るまで、東京医療生協労働組合(以下「生協労組」という。)の組合員であるところ、生協労組は、昭和五六年一〇月二〇日、執行部の要請にもかかわらず、自ら懲戒解雇を防ぐ努力を放棄したこと及び執行部の制止にもかかわらず、独自行動を行って執行部の方針から離脱したことを理由として、本件懲戒解雇の撤回要求を生協労組としては取り上げないこと及びわぐりのする本件懲戒解雇の撤回要求活動を支持したり支援したりしないことを決議した。

(四) その後の被申請人らの活動の方法も、(二)記載の昭和五六年五月ころのものと同様のものであったが、昭和五七年八月一〇日には、「闘う会、患者会、右連絡責任者秋月わぐり」という名称で、生協の同年七月以降の組合長である申請人に対し、その自宅あてに、わぐり外一名の解雇問題を話し合うことを求める「申し入れ書」という表題の文書を送付し、生協から、昭和五八年三月七日付けの文書をもって、生協理事会はわぐりと面談する意思のないこと及び以後の連絡は文書をもって生協の代理人である長谷川幸雄弁護士に対してすべきことの通知を受けるや、同月二三日、右の「申し入れ書」と同様の名称で申請人に対し、「団交要求書」という表題の文書を送付し、更に同月二五日、「闘う会、患者会」という名称で申請人に対し、「抗議文」という表題の文書を送付した。

また、被申請人らは、昭和五七年一一月二一日以降、申請人の自宅に、団体交渉に応ずべきこと、わぐり外一名の懲戒解雇を撤回すべきこと等を内容とする電話を頻繁にかけるようになった。

(五) 生協は、本件懲戒解雇に関する紛争を法的な手続にのっとって解決するため、昭和五八年八月二日、当庁に対し、わぐり外一名を被告として、雇用関係不存在確認請求の訴えを提起(昭和五八年(ワ)第八〇二九号)したところ、わぐり外一名は、同年一〇月五日、生協を被告として、雇用関係確認等請求の反訴を提起(同年(ワ)第一〇四二九号)した。両事件は、現在、証人尋問の手続が行われている。

3  被申請人らの申請人に対する活動

(一) 被申請人らは、本件懲戒解雇の撤回を要求する活動の一環として、生協の理事等の自宅に、団体交渉に応ずべきこと、わぐり外一名の懲戒解雇を撤回すべきこと等を内容とする電話を頻繁にかけているが、申請人に対しては、昭和五七年一一月二一日以降本件仮処分申請の日である昭和六一年一一月二〇日に至るまで、ほとんど毎日のように右と同様の内容の電話をかけている。申請人又は妻において、本件懲戒解雇問題についてはすべて弁護士に委任してあるから、右の弁護士に連絡をとるように求めても、執拗に繰り返し同様の内容の電話をかけている。電話をかける時間帯は、午前七時ころから九時ころまでの間又は午後六時ころから八時ころまでの間が多いが、申請人の就寝後の時間帯にかけたこと、元日にかけたこともある。最近は、専ら、申請人の妻が電話を受けているが、被申請人らの電話の執拗さから、高齢であることとも相まって、ノイローゼ気味になっている。

(二) 被申請人らは、本件懲戒解雇の撤回を要求する活動の一環として、生協の理事等の自宅を訪れ、面会要求団体交渉の申入れ等をする行為を「自宅闘争」と称して行っているが、申請人に対しては、昭和六一年三月二日及び五月一一日の二回、自宅を訪れ、面会を要求し、申請人又は妻が応待し、面会を断って家の中へ入ると、ハンドマイクを使用して演説をし、近隣の住民に対しビラを配付する等の行為をした。

二  被申請人らによる行為の差止めについて

1  被申請人らは、闘う会は、職業病問題に取り組む労働者によって、わぐり外一名の生協による懲戒解雇を撤回させること等を目的として結成されたもので、憲法二八条、労働組合法七条二号に基づき団体交渉権を保障されたいわゆる争議団に当たるところ、その構成員である被申請人らにおいて、生協の運営の責任者である申請人に対し、団体交渉に応ずるよう説得を試みることも団体交渉権の内容として含まれているから、申請人には被申請人らの求めに従い面会に応じる法律上の義務があると主張するので、まずこの点について検討する。

団体交渉は、労働者の団体がその団結力を背景として、その構成員の労働条件について、労使対等の立場に立って自主的に交渉することを本質とするものであるから、憲法二八条、労働組合法七条二号によって団体交渉権を保障される労働者の団体であるということができるためには、構成員に対して統制力を持ちそこに統一的な団体意思が形成されていることが必要であると解するのが相当であるところ、闘う会については、疎乙第一四号証(闘う会規約)、第二九、第三〇及び第三三号証(いずれも陳述書)によっても、その構成員に対して統制力を持ちそこに統一的な団体意思が形成されていることを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる疎明資料はない。よって、闘う会が憲法二八条、労働組合法七条二号によって団体交渉権を保障されたいわゆる争議団であるとの被申請人らの主張は、採用することができない。また、昭和五六年四月一五日の本件懲戒解雇以後、生協において、闘う会を団体交渉の相手方当事者として取り扱ったことを認めるに足りる疎明資料もない。

仮に、闘う会がいわゆる争議団に当たるとしても、その構成員である被申請人らにおいて申請人に対して団体交渉に応ずるよう説得を試みることが団体交渉権の内容として含まれており、申請人には被申請人らの求めに従い面会に応じる法律上の義務がある旨の主張は、独自の見解というほかはなく、採用の限りではない。

2  闘う会が法によって団体交渉権を保障されたいわゆる争議団に当たらないこと及び申請人に被申請人らの求めに従い面会に応じる法律上の義務がないことは、右に述べたとおりであるが、そうであるとしても、わぐり又は闘う会の会員において、生協又はその理事に対し、本件懲戒解雇の撤回を求めて種々の事実上の行為をすることが許されないわけではない。しかし、本件懲戒解雇の撤回を求めてされる事実上の行為が生協の理事を対象としてされ、その行為が相手方の社会通念上受忍すべき限度を超える生活侵害をもたらす場合には、そのような行為は許されないものというべきであって、社会通念上受忍すべき限度を超える生活侵害がされ、今後もそのような侵害の蓋然性が高い場合には、その行為の相手方は、人格権に基づき侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。

3  そこで、前記一の1ないし3の各事実を前提として、被申請人らによる行為が申請人の受忍限度を超えるものか否かについて検討する。

被申請人らは、闘う会がいわゆる争議団に当たり、法によって団体交渉権が保障されており、生協による団体交渉の拒否は不当労働行為として救済対象となる旨主張していながら、何らそのような法的手続にのっとった救済を求めることを自らしていないこと(前記の雇用関係確認等請求訴訟も、生協から雇用関係不存在確認請求訴訟を提起された後に初めて反訴として提起したものである。)、わぐりは、生協労組の組合員であるにもかかわらず、昭和五六年一〇月二一日以降、自らの懲戒解雇の撤回要求を労働組合として取り上げ、団体交渉事項とさせるための生協労組内における地道な努力を全く放棄していること、被申請人らは、申請人又はその妻との電話での接触を通じて、申請人には、被申請人ら又は闘う会の会員と、生協理事会としての意思決定に基づかずに、組合長理事として面会に応じたり、団体交渉に応じたりする意思が全くないことを知悉しながら、繰り返し面会又は団体交渉に応ずべきこと等を要求して、前記のとおりの行為をしていること、生協から、一切の連絡を文書をもって代理人である弁護士に対してするよう求められているにもかかわらず、そうはせず、申請人に対しても、面会に応じて欲しい旨又は自らの主張の正当性等について、相手方の納得を得るべく客観的な根拠を示して冷静に説明する文書を送付するといった行為はしていないこと等の事情を勘案すると、被申請人らによる申請人に対する前記の行為は、申請人の私的生活の平穏を阻害し、申請人又はその家族を困惑させることによって、面会又は団体交渉に応ずべきこと等の自らの要求を受け入れさせることを目的とするものと推認するのが相当である。

そして、被申請人らの行為のうち、申請人の自宅に電話をかける行為は、申請人及びその家族の平穏な生活に前記のとおりの被害を与えている。しかし、申請人の自宅を訪れ面会を要求する等の行為については、昭和六一年中に行われたのが前記のとおり二回であり、最近六か月間は行われておらず、申請人及びその家族の平穏な生活にどの程度の被害を与えているかは、本件全疎明資料によっても明らかではない。

以上のとおりの被申請人らの行為の目的、態様及び申請人の生活に対する被害の程度を総合的に考慮すると、主文第一項に掲記の被申請人らの行為は、社会通念上申請人の受忍すべき限度を超える生活侵害を与えるものというべきであり、申請人が申請の趣旨において差止めを求める被申請人らのその余の行為については、申請人の受忍すべき限度を超える生活侵害を与える旨の疎明がない。

三  前記のような被申請人らの行動目的からして、主文第一項掲記の行為は、将来にわたって行われる蓋然性が高く、申請人は、侵害差止めを求める本案判決を待っていては、著しい損害を被ることが認められる。

四  よって、本件仮処分申請は、主文第一項の限度で理由があるから、保証を立てさせないで認容し、その余は失当であって、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないので却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中豊)

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